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無神論者の大敗北 [メイン(3周目)]

どうも、こんにちは、神描人(かみえがきびと)です。

NO.1の「神を描く人」を目指して頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
では、今回の「神宿る文章」をお届けします。

マグマ活動がもたらす火山の噴火、大陸プレートと海洋プレートの摩擦によって発生する地震や地殻変動、まるで生きているかのように脈動する地球は、人間における内臓に相当する神の体の一部分であるからこそ、ドクドクと脈打って動き続けている。
そして、人間の体だって、神の体の1部分なのだ。
人間の脳が人間の体を管理しているように見せかけて、実は、神の脳が人間の体を完全に支配して管理している。
生物に関する情報が詰め込まれている「遺伝子」、これは、神が残した「メモ書き」なのであって、人間と違って神は「忘れない」から、目的は「人間に観察させるため」ということになる。
人間が「遺伝子組み換え技術」などで少しだけ遺伝子情報をイジれるのは、人間に少しだけ遺伝子システムを理解させるためで、「人間には初歩的な部分しかイジらせない」というお子様用の設定になっていて、「それ以上は“神の領域”だからイジらせない」とハッキリとした線引きが行われている。
もちろん、神が、自分で作った遺伝子システムにおいて、全ての遺伝子情報を閲覧可能で、細かな設定における「ON」と「OFF」を自由自在に変更できる立場であるのは、言うまでもない。
そして、人間の体を形成している何兆個の細胞すべてに遺伝子が組み込まれているのだから「全ての細胞が神の管理下にある」という結論に達する。
惑星の自転や公転が自動的に処理されているように、人間の成長期や老いによる年齢的な体形の変化も自動処理となっていて、神が設定した通りに、人間は成長して老いていくのだ。
体内(宇宙内)における生物に着せる服(体)の形状の変更、その生物にどのような一生を歩ませるかの運命(予定表)の変更、全ての設計者である神は「形状や性質や法則を自由に変更できる」という立場にいる。
生き抜くのに必要な分だけの能力と知識を与えられて、神が形取った生物たちは、この世に誕生するのだ。
もちろん、人間だって、例外ではない。
トンボが飛行技術を熟知していなくても「神にお任せ」で軽々と飛べているように、人間も、ほとんどの作業を神にやってもらっていて、難しいことを考えずに、食べたり飲んだりしているだけで、体を子供から大人へと成長させることが出来る。
神は全生物の体の構造を知り尽くしている偉大なる御方で、神の存在ありきの話で、やっと、この世のシステムを分かりやすく解説できるようになる。
神の存在なしの解説では絶対に矛盾点が生じてくるし、無神論者は、この点を見落としているからグダグダな説明になってしまうのだ。
人間は、理解できないことが起こると「不思議だね」という一言で片づけてしまう。
神の視点が加わると、この不思議を解説できるようになる。
一例、紹介します。
果実の種は、動物が食べても消化されずにフンとなって排出されるから「植物は種を遠方に運んでもらうために動物を利用している」のだけど、「動物が食べておいしいと感じる果実」を実らせるためには、動物から「食べてみた感想」を聞かなければ作れない。
人間は「植物って賢いね」なんて言って済ましてきたけど、よ~く考えてみると、これは大問題で、私の文章を読んで「神がメンテナンスしている」と気付いた読者なら納得できる話なのだけど、それ以外の人は、矛盾点を無視して強引に納得していただけなのだ。
動物好みの果実を自分で考えて生み出すのに必要である「動物的な味覚」が植物に備わっているとは思えないし、美的センス抜群である花を咲き誇らせて「わぁ~キレイ」と人間を感動させる程の芸術的センスを植物が持っているとも思えないし、果実を食べた人間を「これは美味い!」とうならせる程の料理的センスを植物が持っているとも思えない。
動物の味覚に合わせた果実を考案したのは神であり、動物の味覚を考案したのも神であり、人間の視覚に合わせた美しい花を考案したのも神であり、人間の視覚を考案したのも神なのだ。
神世界において、神が試行錯誤して生み出した技術なのであって、ボケーと突っ立っているだけの植物が思いつけるほど、簡単な技術ではない。
「種が消化されるかどうか」なんてのは、本来、何度も何度も実験を重ねた研究レポートがないと分からない事実だ。
植物が「自力で進化した」のならば「人間よりも植物の方が賢い」ということになり、おかしな話になってしまう。
神という「仲介者」なしでは、この世は成立しないのだ。
「植物が賢い」のではなく「神が賢い」、ということ。
そして、神の知性は人間レベルを超越していて、ケタ外れに優れている才能であるから、宇宙全体を舞台として、魂が歩む壮大な教育プログラムを作り上げてしまった、ということなのだ。
セミの一生は「最後に花開く」という美学になっている。
頑張って生きていけば、その努力が報われて、空を飛んだり音楽を奏でられるようになって「ここまで生きてきて本当に良かった」という思いと共にセミは死んでいくのだ。
もちろん、人間の一生にも、重大な意味が付け加えられている。
人間に対しては、より高度なことも要求されていて、老いて自分の若かりし頃の過ちを反省することで、自分の魂を成長させる形にもなっているのだ。
いつの世も、神の教えを伝える先生的な人が存在していて、これは、決して途切れることはない。
いずれ、何度も何度も聞いている内に、神の教えの真意が分かってくるようになる。
少しずつでもいいから神の教えに従って頑張って自分の魂を成長させていけば、遅い早いの違いこそあれ、みんな、神の御心へと昇進できるようになっているのだ。


Author:神描人(かみえがきびと)

読んでいただいてありがとうございます^^
私自身、まだまだ未熟な人間であるため「自分も一緒に更生させちゃおう」という勢いで書いてます。
「こういう人間になれたらいいな」という理想形を描いているので、ご理解よろしくお願いしますm(__)m

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